「女子美術大学創立125周年記念展 この世界に生きること」Part1 展示レポート
「この世界に生きること」——幾様にも応答可能なテーマを掲げた本学創立125周年記念展が、2025年10月29日(水)から11月3日(月・祝)まで、東京・南青山のスパイラルガーデンで開催された。本記念展は二部構成であり、このコラムで扱うPart 1は、本学出身の現代アーティスト3組4名の作品によって構成されている。本パートに参加したのは、サエボーグ、飯山由貴、繁殖する庭プロジェクト(小宮りさ麻吏奈+鈴木千尋)である。これらの作家たちおよび出展作について深く知る機会ともなる〈アーティストインタビュー〉https://lab.joshibi.ac.jp/interview/の制作には女子美ラボが関わっており、筆者も同年夏に行われたインタビュー収録の一部に同行した。展覧会初日の午前には、女子美ラボの企画・運営メンバーとともに会場を訪れ、会期スタート時における作家たちの発言を聞くための短い聞き取りを行っている。本コラムでは、会場で得られた作家たちの発言を中心に1、〈アーティストインタビュー〉同行時の所感なども織り交ぜつつ、展示会場の様子を伝えようと思う。

サエボーグ《I WAS MADE FOR LOVING YOU》
サエボーグは、「半分人間で、半分玩具。自らの皮膚の延長としてラテックス製のボディスーツを自作し、装着するパフォーマンスを展開する2」アーティストとして知られている。スパイラルビル1階の展示会場に入ってすぐの位置からは、縦長の矩形ステージが今回のパフォーマンスの舞台として立ち現れていた。本記念展において、作家自身を含む4名のパフォーマーが交代で着用するボディスーツは、舌を垂らし、涙を流す表情の「犬」の造形である。それは「サエドッグ」という名を持ち、「人からの助けが欲しいけど、乱暴されるかもしれない恐怖もあって怯えてもいる3」という解釈も可能な存在として、観客とコミュニケーションをはかる。
作品タイトルの《I WAS MADE FOR LOVING YOU》は、ハードロックバンドKISSの曲名からとられている。タイトルが意味する「自分が何かを愛するために生まれてきた」というのは、「犬がそう言っているだけじゃなくて、観客のほうもそう思って動いてほしい」との作家の思いが込められている。同作は、「観客というか参加者も含めて作品になる」ものではあるものの、サエドッグは「台座の上の彫刻」ではなく、「生き物」である。そして、「いきなり触られるとびっくりしちゃうから」、たとえば、「涙を流しているので、どうして泣いているのかなということを考えたりとか、今どう思っているのかなと様子を見たりとか、そういうことを思いながら」交流することが望まれる。そうした関わりのなかで、「すっごいステキな振る舞い方をして、犬とすごくいい交流ができてる人とかは尊敬される」一方で、「犬に乱暴とかしてね、ちょっといけてない動きをとっていたら、あの人ちょっとそういう動き良くないよ、犬がかわいそうだよ」など、「品評されているのは犬じゃなくて観客の振る舞い方」である点も作品の面白さだと作家は語る。

2024年に東京都現代美術館の展覧会で初めて発表された本作が、場を変えて展開される点について尋ねると、即座に返ってきた言葉は「朝のスパイラルの木漏れ日が爽やかすぎて、」であった。それを聞いて、〈アーティストインタビュー〉同行時に、彼女の表現の場として長年一つの拠点となっている鶯谷のフェティッシュサロン「デパートメントH」(通称デパH)4に案内いただいたことを対比的に思い起こした。その深夜のパーティーでは、「ふんころがし」のボディスーツを着用したサエボーグのステージ上のダンスに、フロアは大いに沸き、スマホを向け、体を揺らす姿があちこちで見られた。また、舞台前後にも立ち会うなかで、近年、観客の向き合い方として提示されている「ボディスーツによって不自由になったパフォーマーの身体を『ケア』する5」という視点が、着脱や階段の歩行に他の誰かの助けを必要とする点なども含め、パフォーマンスを成立させる構造そのものにも組み込まれていることを実感した。こうした身体的な条件を内包した表現が、暗がりに照らされる深夜のパーティではなく、朝には光も降り注ぐスパイラルガーデンにおいて、コミュニケーションを中心に展開される。そこは、作家にとっては「朝・昼・夜で全く見え方が変わるので、刻々と時間が変わるなかで音楽とかも微妙に変えていったり、まさにライブ感を楽しみたい」場所としても開かれている。
サエボーグは、自身の作品空間で流す音楽について次のように語っている。彼女にオリジナル曲を提供しているDJ TKDが現場で選曲する音は、通常であれば、観客の意識をサエドッグに集中させるため、よりアンビエントで、没入感の高いものになるという。しかし今回は、仕切りのない隣接空間にカフェがあり、日差しも爽やかな朝の時間帯には低音が強すぎるため、空間の状況に応じた調整を行う必要があると判断した。また、他の二組の出展作家の作品からも音が発せられており、それらが混じり合って心地よいノイズとなるよう、全体のバランスを整える予定であるという。他の出展作との関係については、作品コンセプトに強く関わる部分においても、「飯山さん、小宮さん・鈴木さん(繁殖する庭プロジェクト)の作品を通して、暴力とは何かということを考え直して、来場したときにはサエドッグに対して乱暴な態度をとっていたとしても、帰るときにはすごく優しくしてくれそうな気がして。接し方が変わるという意味で、サエドッグにとってはいい環境の展覧会」と語ってくれた。
こうした手応えの前提として、「グループ展は自分の個展とは違うので、他の作品と一緒にどこか繋がって意味が出たり変わったりとか、見え方が自分だけでコントロールできるものじゃないってところで不安があったんですけど、ちょっと予想以上にうまくハマったっていうか、テーマが決してイコールなわけじゃないけど、どこか繋がっているところがある」という実感があった。作品をめぐる環境が変われば、たとえそれが同じボディスーツを着用していたとしても、行われるパフォーマンスは決して「反復」ではなく、その都度「常にすべて変わっていく」という意識がサエボーグにはあり、観客とのコミュニケーションも異なる。会期初日、夜まで会場に滞在していた筆者の目には、多くの人がサエドッグと交流する様子が映った。そのなかには、尊敬の念を抱かせるようなふるまいもあれば、どう接してよいのかわからず緊張する人の姿も見受けられた。他の2組3名の出展作家もその場を訪れており、サエドッグに静かに顔を寄せ、やさしく体を撫でる光景は、とりわけ強く印象に残っている。

飯山由貴《なざし なのり なづけ》《年表をうつす》
サエドッグに一旦別れを告げると、何十枚もの濃淡や色味の異なる赤い布が連結し、円筒状に形作られた空間がその先にある。今回、飯山由貴は、二つの新しい作品を見せてくれたが、その一つがこのインスタレーション空間で展開する《なざし なのり なづけ》である。それは、「日本軍による性暴力をうけ、生き残り証言をすることができた人たちと出会った人たちが、彼女たちから贈られて受け取った言葉と言語になりきらないさまざまなもの、例えば、視線、感情、体温などを私たちがふたたび受け取るために6」作られた。布は、日本国旗の染料としてかつて使用されていた「茜や、茜の下地染料になるようなもの」によって染められている。茜は赤系の天然染料であるが、言うまでもなく、作品コンセプトと密接な関わりを持つ素材である。染色は今回初めて着手する手法だというが、〈アーティストインタビュー〉同行時には、非常に丁寧な工程を踏んで作家が布を染め上げていく様子を見せてもらった。
戦時性暴力から「生き残り証言をすることができた人たち」の一人であるレメディアス・フェリアスさんのタペストリーも茜で染められた布の内部空間に展示された。そのタペストリーには、フィリピンのレイテ島において 14 歳で日本軍に捕えられ、受けた性暴力被害の経緯が異時同図的に描かれている。同じ空間内では、会期中に計 11 回開催される「人を招いて話を聞き、話をする場」も設けられており、そのなかには、〈レメディアス・フェリアスさんの絵日記をもとにしたワークショップ〉も含まれていた。筆者はこの回には参加できなかったが、展覧会に先立つ約半月前、本学相模原キャンパスにおいて作家主導で開催された同じ趣旨のワークショップには参加している。その際、「14 歳のわたし」を描くよう求められ、筆者を含む参加者の多くは、中学校生活の記憶に支えられた「わたし」を描いたが、同じ年齢のときにレメディアスさんが受けた性暴力が、いかに大きな恐怖を伴うものであったかを想像せずにはいられない一方で、そうした想像が決して埋めきれない隔たりを含むこと、すなわち非当事者である自らの立場の限界とも、あらためて向き合うことになった。また、レメディアスさんが 2001 年に来日された際、その様子を記録した映像の一部もワークショップ内で視聴した。印象的だったのは、彼女が自身の具体的な性暴力被害の経験にとどまらず、普遍的な反戦の意志を伝えられたシーンであった。
スパイラルガーデンの会場で行われた「人を招いて話を聞き、話をする場」のイベントでは、第一回目の〈宋神道さんの映画《オレの心は負けていない》上映と梁澄子さんのお話〉に立ち寄ったが、「繁殖する庭プロジェクト」のお二人も参加されていた。イベントスペースにも茜で染めたクッションが置かれ、参加者はそれを敷くなどしながら、映画上映95分、休憩15分を挟み、梁澄子さんのお話50分、質疑応答20分からなる、計3時間のプログラムを経験する。映画は、「宮城県に在住していた在日朝鮮人であり、日本軍の性暴力サヴァイバー、宋神道さん(1922-2017)のたたかいと『回復』」を描いたものであり、それを「見つめ、言葉にしてきた」のが話し手の梁澄子さんであった7。《オレの心は負けていない》の映像のなかでも、宋神道さんが「戦争は絶対やってはいけない」と力強く述べる場面があった。映画全体からは、性暴力被害の「回復」に伴う苦悩と葛藤が強く伝わってきたが、レメディアスさんもまた同様の経験を経てきたと考えられる。そうした二人による反戦の発言は、きわめて重いものとして受け止められるべきだろう。

茜で染められた布に囲まれた空間の外へと足を踏み出すと、今回のもう一つの作品である、「沖縄での米兵による女性への性犯罪」をテーマとした《年表をうつす》がある。これは、「沖縄での(日本国が共犯者である)米兵による性犯罪の年表をマスキングテープに書き写し、壁に掲示8」するという観客参加型の作品である。《なざし なのり なづけ》が、「ゾーニングの装置」としての機能も持つ囲いの場で展開されたのに対し、《年表をうつす》は、「[もう一方の作品との]連続性はあると思うし、両方とも国家が密接に関わっている犯罪暴力だと思う」ものの、「開放的な、完全な囲いをしない状態で見せたかった」という意図から、あえて切り離されたかたちで提示された。観客が年表を書き写すためのテーブルには、沖縄に広く自生する植物である月桃(げっとう)を乾燥させたものが置かれていた。性犯罪を扱った作品に参加することで、フラッシュバックを起こす観客が出る可能性があるという専門家の話を踏まえ、「[年表の]しんどい記述への気持ちが少しやわらぐといいかなと思って」、良い香りを持つ月桃のドライフラワーが用意された。また、「きっとこの展示を訪れる人の多くは、構造的には沖縄に負担を強いている立場にいるけれども、個別にはそれぞれの経験があるはず」という認識のもとに展開されたワークショップであり、展覧会開幕から 2 時間も経たない時点で、「結構たくさんの方が参加してくださって、お話したりすることができたので、よかった」という言葉からは、参加型作品における観客との活発な交流の様子もうかがえた。
個人の問題だけに帰すことのできない性暴力をめぐる表現が、飯山が今回展開した二作品のテーマであり、芸術というものを捉え損ねれば検閲の対象となりうる危険も伴っていたが、結果として無事に発表に至ったことは、本来当然ではあるものの、なお喜ばしいと言わざるをえない。また、これまでも社会と接点をもつ作品を発表してきた作家ではあるが、形式面においては「こんな作品を作るのは初めてなので、結構手探りでやっていて、それこそ《繁殖する庭》との、お互いにベストというか、邪魔にならない範囲で。でもすみません。私、運営するのにこれくらい大きさが必要です、みたいな感じでやらせてもらっている感じです」と、ややいたずらっぽい口調で話された。展示会場から続くスロープ上に立ち、見下ろすと、《なざし なのり なづけ》の赤いゾーンと《繁殖する庭》の緑のゾーンは、接近しながらも互いを侵さず、とても美しく隣り合っているように見えた。

繁殖する庭プロジェクト(小宮りさ麻吏奈+鈴木千尋)《繁殖する庭》
その「緑」のゾーンとして立ち現れていた三組目の作品《繁殖する庭》は、「現行の建築基準法の規制により家を建てることができない『再建築不可の土地』」と、「日本の結婚制度で規制されている『同性による結婚』という、2つの制度の間で『規制された家(庭)』を浮かび上がらせるとともに、制度化された家の新しい形として、『庭』を作ることを模索する」9という、映画を中心としたインスタレーションである。作家の話し言葉でよりわかりやすく伝えるなら、「内容としては、都内に空き地を借りて、その空き地自体が家を建てることができない、そういう場所を借りているけど、家を建てることができないということと、日本において同性婚ができないということ、家庭を持つことができないということとオーバーラップするんじゃないかということで、家庭っていう漢字から、持つことのできない家っていう漢字をひいたとき、庭という漢字が残るんじゃないかというので、家ではない形で、何か場所を模索するとなったときに、庭を作るってことをできたらと思ってはじまったプロジェクト」ということになる。
作品の中心となる映画(2023年制作)は、関東においてインスタレーション形式でフルバージョン上映される初の機会にあたるという。その構成は、実写として現れる作家二人と庭作りを試みた空き地との関係を軸とし、挿入される諸場面と呼応しながら重層的に展開する。そこでは、たとえば、小宮と鈴木によるウエディングドレスの交換、二人の名前が書かれた婚姻届の提出およびその際の役所職員の受け答え、婚姻を規定する日本国憲法第24条や建築基準法の朗読などが含まれる。実際の借地を囲っていた、工事用の緑色のネットは、スパイラルガーデンの展示空間にも再現され、その内側で映画が上映される。その再現は、インスタレーションとして《繁殖する庭》が発表されるたびに構築され、床に土が敷かれることもあった。つまり観客は、映画のなかで二次元的に提示される庭と、展示空間として三次元的に構築された庭とを重ね合わせながら、その空間そのものを「庭」として経験することになる。
さらにその「庭」の内部では、最奥に設置された映像スクリーンの手前に視聴用の椅子が8脚置かれ、左側のネット面には二枚続きの白いボードが設えられている。そこにはプロジェクトから生み出されたさらなる作品群が展示されている。ボードの左端に位置するのが、提出した婚姻届が不受理となった際に発行された公文書をベースとした《不受理届1》、その右上には、やはり映画のワンシーンと重なる《ウエディングドレスの交換1》が配されている。この二作はいずれも2021年に制作され、素材にはシルクスクリーンプリント、土、樹脂、木材が用いられている10。さらに右下には、映像のなかで二人が「繁殖」について語りながら庭の土で作り上げた「家」をかたどった小さな立体作品が置かれている。そのボードに連なるもう一枚のボードには、2023年に作成された本プロジェクトのパンフレットと付属ポスター(建築/辞書/婚姻に関するコメンタリーテキスト)が確認できる。いずれも閲覧可能で、作品理解を深める内容となっている。
繁殖する庭プロジェクトの〈アーティストインタビュー〉には同行できなかったが、本記念展の少し前に京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAで開催された、四組のアーティストによって構成された「包摂とQ」展(2025年8月17日–9月15日)では、本作がそのうちの一つとして出展されており、筆者も観客として足を運んだ。ここでは、その際に得た展示風景の印象との異同についても触れておきたい。京都の会場においても、フルバージョンの映画を含むインスタレーション形式で発表された。緑のネットで囲われた空間の面積や形態は会場によって異なり、東京での展示ではより広く面積がとられ、形状も相対的に縦長であった。なかでも最も大きな違いは、京都では映像スクリーンと視聴用の木製ベンチチェア二脚のみがその内側に置かれ、それ以外の作品群は空間の外に展示されていた点である。

外側の二つのゾーンに展示された作品群のいくつかは本記念展と共通し、いくつかは異なっていた。特筆すべきは、パンフレットと付属ポスターによって構成された一角に、《京都日記2025》が加えられていた点である。これら三点はいずれも閲覧可能なかたちで提示されており、《京都日記2025》は、展示会場の母体である京都市立芸術大学が近年移転したこの地が、歴史的に差別や抑圧の構造のもとに置かれてきた人々の暮らす地域であったことも踏まえ、展示準備の段階から手書きで綴られてきたものである。それは、《繁殖する庭》が中心的に扱うテーマとも、そうした構造のなかで生じるマイノリティ性という点で響き合う(と同時に、一括りにできないという点で、切り離した形での配置でもあったと思う)。一方、スパイラルが建つ東京・南青山では、京都で示されたような土地に関わる要素を前景化する必要はなかったということにもなるだろう。
また、「包摂とQ」展では、「庭」が外へも広がることにより、他の出展作家の作品との呼応と捉えたくなる関係性もみられた。直接的には、水木塁の《They dance alone / We dance alone #032625》(2005年)であり、素材に「同性婚訴訟 大阪も違憲」の見出しが目に飛び込む地方新聞が使用されていた。つまり、《繁殖する庭》が向き合う問いと社会的な文脈との関係を明示的に示す契機ともなっていた。それに対して本記念展において、作品は「庭」の内側で完結する構成が採られている。「飯山さんとサエボーグさんの展示があって、この空間を作れているというのは嬉しいことだなと思います」という作家の言葉も聞かれたが、ここでの展示方法は、「日本における同性婚の問題を扱うことを通して、同性婚が法整備されてほしいと思っている人、あるいは意見を持っていない人や関心のない人が知るきっかけになれば」という作品意図を、焦点化し、観客がそれとじっくり向き合う場を成立させていたと思う。
創立125周年を迎えた女子美術大学に向けた出展作家の言葉
1900年、「官立の美術学校が女子の入学を認めない中」で開校した「女子のための美術学校」である本学の建学の精神は、「芸術による女性の自立」、「女性の社会的地位の向上」、「専門の技術家・美術教師の養成」である11。その歴史的意義を踏まえた上で、3組4名の出展作家たちは、形式的な祝意にとどまらない、現在と未来に向けての真摯な言葉を投げかけてくれた。その一部をここで紹介しようと思う。
サエボーグ
「そもそも建学の精神がね、元々女性が学べる美大がなかった時代に作られた非常に意味のある精神、考え方で作られた大学なので、それが今の時代どんどんいろんなものが変わってきて、どういうアイデンティティを持っているのかっていうので、ただ学校が存続すればいいとかじゃなくて、本当は何のためにある大学だったのかとか。だからあまり保守的にならず、本当にいい作品とか、いいアーティストを育てられるような学校になってもらうために、もっとさらに意識変革というか、常にチャレンジングな精神をもっていってほしいです。美大なんだから、やっぱり本当に人に影響を与えたりとか、意味あることは何なのかってこところをあらためて今一度考え直していろんなものに取り組んでいってほしいと思っています」
飯山由貴
「女子美術大学が主に女性たちが集まって、お互い出会って学びあって表現を作る、研究する場っていうのは本当に得難い場所だと思います。ここ5年、10年ぐらいで、フェミニズムが若干キラキラしたものに日本の社会のなかで見えているような気もするんですけど、キラキラしていないほうのフェミニズム、私が今回やっているのもそうだと思うんですけど、そういうものもあるよというのを大学のなかでも考えてほしいなっていう[思いがあります。]女性の活躍っていう言葉がありますけど、活躍するその土台ってすごくやっぱりいろんなものがあるよっていう、いろんなものの中の積み重ねで活躍ってあるんだよっていう、ここを無視しないでほしい。表面だけ見ないでほしい、この[積み重ねの]厚いところをしっかりサポートしてほしい」
繁殖する庭プロジェクト(小宮りさ麻吏奈+鈴木千尋)
「女性が美術を学ぶ場所がなかったってことで建学されたのが女子美術大学だと思うんですけど、その試みの重要性は変わらず、同時に今の時代、女性が美術の教育を受けられるようになって久しいと思うのですけれど、この時代にあらためて女子学生が通う美術大学として在ることの意義だったり、女子美としての使命みたいなことを大学自体もこれから模索していくところでもあるのかなと思うし、より多くの人が活躍できるような学びを深められる場所としてあるといいなと思っています」(小宮)
「125年前のことを思うと、[現在は]より技術も発達して、権利の向上もありえているとは思いつつも、本当に環境は変化しているのか。変わらずに規制だったり、抑圧というものがあるなと。それを、その先というのも含めて考えていったり、変化したりしたらいいな[と思います]」(鈴木)
いずれの言葉も、建学の精神がいかにして生まれ、何に対抗するためのものであったのかをあらためて想い起こさせると同時に、それが現在の社会的文脈のなかで、大学のあり方や美術教育の実践においてなお十分に引き受けられているのかを問い直し、未来へと向けられている。そして、その問いは、大学への一方的な要求にとどまるものではなく、これまで見てきたように、アーティストたち自身の作品における表現実践のなかにも現れていた。
125年前に遡れば、本学設立者の一人である横井玉子は、彼女の叔母であり、大きな影響を受けた矢嶋楫子が初代会頭を務めた「東京婦人矯風会」(現日本キリスト教婦人矯風会)において「中心的役割を担った」とも伝えられている。同会は、アメリカ合衆国のキリスト教女性団体の影響を受け、1886年に「廃娼・禁酒禁煙」などを目的として結成された。また、初代校主・第二代校長の佐藤志津もまた、「貧窮孤児、貧窮救済」を目的とした福田会恵愛部の発起人となり力を注ぐなどの社会貢献活動や、やはり門戸が開かれたばかりの女性医師の支援を行った12。本学創設を担った二人の上記活動母体は、今日の観点から見れば、「『良き家庭の妻』という女性役割に親和的」13と映る側面を含んではいたものの、既存の制度や価値観のただ中で、行動する回路を切り開こうとした点において、本記念展に参加したアーティストたちの取り組みにも通じる。そのことからも、125周年という節目において、「この世界に生きること」というテーマが、本学の歴史を現在形で照らし返す作品群を通して、具体的なかたちを取り得た、重要な展覧会であったと言えるだろう。
1 本コラムにおいて、注を付していない鉤括弧内の言葉は、主として会場で得られたアーティスト自身の発言によるも のである。ただし、文脈上の必要から、それ以外の語句を鉤括弧内に用い、かつ引用元がある場合には、注を付与し た。また、筆者による補足は[ ]で示した。
2 「女子美術大学創立 125 周年記念展 この世界に生きること」リーフレット(同展実行委員会)2025年
3 『Saeborg』(東京都現代美術館) 2024 年 4 頁
4 「『お酒や踊りの苦手な人のためのコミュニケーションサロン』という触れ込みのこのパーティーには、ドラァグクィーン、BDSM や身体改造の愛好家たち、着ぐるみやマスクを着けたドーラー、そして唯一無二のフェティシズムや名 前を付けられない欲望を抱いた人々が変態性という共通項のもとに集う。」「デパートメント H★」ゴッホ今泉インタビューhttps://cult-mag.com/ja/pages/department-h(最終閲覧日 2026/2/8)
5 会場内、作品エリアのキャプション
6 会場内、作品エリアのキャプション
7 飯山由貴《なざし なのり なづけ》イベント 参加申込フォーム https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSfJh_mOMYWLmjK5uJNRRrjClO_iA7bj7SCTcpp1VnrWIQw8MQ/viewform(最 終閲覧日 2026/2/8)
8 yuki_iiyama インスタグラム https://www.instagram.com/yuki_iiyama/p/DQHG4TqD-fC/(最終閲覧日 2026/2/8)
9 繁殖する庭プロジェクト(小宮りさ麻吏奈+鈴木千尋)編『繁殖する庭』(明津設計)2023 年 21 頁
10 「包摂と Q」展 リーフレット(京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA)2025 年 参照
11 『女子美術大学創立 125 周年記念事業 横井玉子生誕 170 年記念 横井玉子と 5 人の人物』(女子美術大学歴史資料室2025年)参照
12 本段落ここまでは、前掲書のほか、『女子美術大学・女子美術大学短期大学部の歴史̶歴史は刻まれ、そして受け継がれる。̶』(女子美術大学歴史資料室)2015 年、および「日本キリスト教婦人矯風会」公式サイト https://kyofukai.jp/aboutus/walkin(最終閲覧日 2026/2/8)を引用・参照した。
13 菊地夏野『ポストフェミニズムの夢から醒めて』(⻘土社)2025 年 46 頁

筆者: 長 チノリ(女子美術大学 非常勤講師 / 学生相談コーディネーター)
一橋大学大学院言語社会研究科博士後期課程単位取得退学。「ゲルハルト・リヒターの連作絵画《一九七七年一〇月一八日》のモチーフに見る『革命』」(2015)、「現代アートにおける『ソーシャルワーク』のふるまい――トーマス・ヒルシュホーンの〈モニュメント〉シリーズを中心に」(2018)など、ドイツ語圏の美術作品と社会との関係を研究対象としてきた。共著に『アドルノ美学解読』(花伝社、2019)、共訳に『ドイツ赤軍I 1970–1972』(航思社、2025)など。2019 年より芸術と社会をめぐる対話の場を学内外で継続的に企画し、学生相談コーディネーターの立場も反映した社会関与型アートプロジェクト「社会彫刻の夕べ」を卒業生とともに運営してい(https://sites.google.com/view/shakaichokoku/?pli=1)。

